
今回は、国内有数の産業用カメラメーカーである株式会社シキノハイテックが開発した見守りシステム「C-エイド」について、開発の経緯や製品の魅力についてお聞きしました。ミリ波レーダーとカメラを一体化したこの製品は、介護職員の声を起点に開発され、現場の負担を減らすための工夫が随所に施されています。本稿では、開発チームと現場支援担当者の対話を通して、その狙いと可能性を紐解いていきます。
お話を伺った方 | 株式会社シキノハイテック
製品開発事業本部 営業部 福田 憲司氏
開発部 田中 康寛氏
国内で高いシェアを誇るカメラメーカーが介護業界に参入したわけ

半導体事業、カメラ事業を主軸としているシキノハイテック社。次なる成長の柱として「介護ロボット事業」に目を向けた。きっかけは、2020年に採択された富山県の「ヘルスケア産業育成創出事業」。このプロジェクトを通じて、社が保有する技術とノウハウが介護現場でどう生かせるのか――その可能性を探る研究開発が本格的に始まった。
当初は海外の技術を国内に取り入れるという視点で検討を開始した。しかし、実際に富山県内の介護施設を訪ね、職員の方々と直接話を重ねるうちに、意識は大きく変わっていった。
人手不足による多忙な日々。夜勤の重労働。入居者との関わりの中で、時に心ない言葉に悩むこともある――。そんな現場の声を聞きながら、「人と人が直接ふれあう時間の尊さ」を改めて痛感した。
人が人らしく介護できる環境をどう支えるか。そこに、自社で保有する技術が果たすべき役割があるのではないかと考えるようになった。
現場の声に真摯に向き合い、少しでも介護を取り巻く環境を改善するため、現場で実際に使いやすく、安心して導入できるUX(ユーザー体験)の設計を重視し、独自の要素技術開発を自社で進める道を選んだ。 「ヘルスケア産業育成創出事業(令和2年度)」で取り組んだのは、「画像処理・各種センサ技術を用いた高性能見守りシステムの開発」。
それは、単なるシステム開発ではなく、“現場とともに創る” という新しい挑戦の第一歩だった。
開発のきっかけは「夜勤の不安」から
「夜間、ナースコールが鳴るたびに走り回る。駆けつける前に、現場の様子を目で確認できると安⼼——」
開発の出発点は、ある介護施設の職員の言葉だった。
もともとは、プライバシーへの配慮を最優先に考え、ミリ波レーダーを活用した非接触型のセンシング技術の 開発に取り組んでいた。センシングの精度は高まる一方で、実際の駆けつけ判断にはばらつきがあった。そこで注目されたのが、視覚情報を補完する“カメラ”の存在であった。


「当初は、プライバシーの観点からカメラ導入に慎重な声も多くありました。しかし、“見えることで安心できる”という現場の実感が徐々に広がり、今では介護でも映像を活用する流れが加速しています。」と担当者は話す。
プライバシーを守る設計思想
「カメラがあると監視されているようで不安、という声もあります。そのため私たちは、映像を常時保存せず、基本はぼかし処理をかけた状態にしました。必要なときだけ確認できる仕組みです。」

映像データはクラウドではなく、施設内のサーバー(オンプレミス)で完結。通信負担を軽減しつつ、情報漏洩のリスクを最小限に抑える。これにより、介護職員・入居者・家族の“安心のバランス”を保ちながら運用できるようになっている。
ミリ波とカメラ——異なる技術の融合
「夜間や掛け布団の下など、カメラだけでは見えない状況をミリ波がカバーします。逆に、ミリ波ではわからない細かい動作はカメラが補います。お互いの弱点を補い合うことで、これまでにない精度を実現しました。」
この製品の最大の特長は、ミリ波レーダーと可視カメラを組み合わせた“ハイブリッド検知”だ。開発チームによると、ミリ波レーダーの特⻑である「電波の透過性」や「周囲の明るさに左右されない検知性能」を生かした非接触で呼吸や心拍を捉える技術をベースに、カメラが補助的に動作を解析することで誤検知を減らし判断のスピードを上げることができる、他にはないユニークな製品が実現できると確信して製品開発が行われた。
さらに、起き上がり動作を起点とした前後録画機能を持たせることで、転倒アクシデント発生時に何が起こっていたのか、といった分析ができるようにした。

現場での反応と導入効果

実際に導入した施設からは、「夜間の駆けつけ判断がしやすくなった」「転倒の瞬間が見返せるので職員教育にも役立つ」といった声が多く寄せられている。夜間でも映像がはっきり見え、アラート応答までの時間も最短2秒以内に設定できるため、異常の早期発見にもつながっているという。
また、普段は気づかなかった入居者の動き(移動速度など)に気づくきっかけにもなったという。
設置面でも工夫が光る。スタンド設置でベッドに依存せず、別途ブラケットを使用することで壁にも取り付けられる設計で、レイアウト変更や移動にも柔軟に対応。スマートフォン画面で位置を確認しながら調整できるため、初めてのスタッフでも短時間で設置が完了する。
DX連携と未来展望
開発チームは、今後の展開として介護ソフトとの連携を進めている。記録データやアラート情報を自動で反映し、現場業務の一元化を図る狙いだ。また、廊下や共用部など施設全体をカバーするパッケージ化も検討中だという。
「転倒や不審者対応といった“施設全体の安全管理”まで広げていく予定です。カメラ技術を安心・安全のインフラとして使っていただけるようにしたいですね。」 今後は在宅介護分野への展開も見据えている。在宅の利用者宅に設置し、事業所や家族と連携して安否確認を行うモデルだ。「家庭にも馴染むやさしい見守り」を目指している。
開発者の想い

「機器の存在が利用者にも職員にもストレスにならないように。誰でも直感的に使えるように。」——それが開発の一貫したこだわりだという。
「介護する人も、される人も、双方にやさしい見守りを実現したい。私たちはこれを単なる製品ではなく、“介護現場のパートナー”として育てていきたいと考えています。」
最後に
シキノハイテック社は、半導体事業、カメラ事業を主軸としている企業だ。介護分野で開発を進める中で、これまでのBtoB中心の事業とは異なり、実際に介護現場の方々と直接関わる機会が増え、現場の声を聞きながら改良を重ねる中で、技術が“人の安心”につながる瞬間を目の当たりにするようになった。
「これまでは産業用の機器として企業と向き合うことが中心でしたが、介護の現場では実際に使っている方々から“助かっている”“安心できる”という声を直接いただける。そうした反応を聞くたびに、本当にやってよかったと感じます。」
技術の提供先が“企業”から“人”へと変わることで、開発者自身の意識にも変化が生まれた。現場に寄り添い、介護者を支えるパートナーとして技術を磨き続ける――。
その姿勢には、同社が大切にする“人にやさしいテクノロジー”の思想が色濃く表れている。
株式会社シキノハイテック


設立
1975年1月
本社所在地
富山県魚津市吉島829番地
今回取材を行った事業所
大阪デザインセンター
大阪市淀川区西宮原2-7-38 新大阪西浦ビル6F